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浦和地方裁判所 昭和62年(ワ)504号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

「1 被告は、原告らに対し、金六五〇万円及びこれに対する昭和六二年五月一五日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。2 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言

二  被告

「主文同旨」の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  土地区画整理法七八条一項に基づく損失補償請求

(1)① 訴外B(以下「B」という)は、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という)を所有していた。

② Bは昭和三三年九月三〇日死亡したので、原告X1(以下「原告X1」という)、同X2(以下「原告X2」という)、訴外C、同D、同E及び同F(以下、原告らを除く相続人を「他の相続人」という)が本件建物の所有権を相続により承継した。

(2) 本件建物は、土地区画整理法(以下「法」という)に基づき被告が施行した大宮都市計画a駅前b地区土地区画整理事業(以下「本件事業」という)の施行区域内に存した。

(3)① 本件事業の施行者である被告は、原告ら及び他の相続人に対し、次のとおり、法七七条二項に基づく本件建物の移転又は除却についての照会に相当する各行為をした。

(イ) 被告は、原告X2に対し、昭和五四年三月一七日、「建物を移転していただく」旨記載した書面をもって、本件建物につき、補償資料を作成して、支払補償金額の見積をするため、本件建物への立入り調査の協力を依頼し、同年三月三〇日、原告X2の同意協力を得て、右立入り調査をした。そして、この調査に基づき補償金額を算定して、損失補償台帳を作成した。

(ロ) 被告は、昭和五四年四月二五日、原告らに対し、建物移転補償についての説明会を実施し、その際、「建物移転の補償について」と題する書面を交付して、建物の移転の実施手続を説明し、事業促進のために補償金の個人への提示及び移転協議を五月中旬から順次事前協議という形で開催していきたい旨及び建物移転の補償について詳細に説明した。

(ハ) その後、被告は、原告X2に対し、昭和五四年六月ないし七月ころ、右損失補償台帳に記載した金額を示して、「五四年度中に移転してほしい。その移転の補償金は約五〇〇万円である。」旨移転補償金額を告知し、本件建物の移転を要請した。

(ニ) また、そのころ、被告は、右移転補償金につき、原告ら及び他の相続人に対し、国からの補助金を受ける申請のための承諾を要求し、被告代表者市長宛の承諾書の提出を求めた。

② したがって、遅くとも、右(ハ)又は(ニ)の行為がなされた昭和五四年六月ないし七月ころには、被告は、原告ら及び他の相続人に対し、法七七条二項による本件建物の移転又は除却の照会をしたとみるべきである。

(4) 原告X2は、右照会に基づき、昭和五四年一二月末ころから本件建物の取壊しを開始し、昭和五五年六月二八日、本件建物を除却した。

(5) 本件建物の相当補償額は、建物補償金四五〇万円、動産工作物補償金五〇万円及び仮住居費等金五〇万円の合計金五五〇万円である。

(6) よって、原告ら及び他の相続人は、被告に対し、法七八条一項に基づく損失補償請求権を取得した。

(7) 原告X2は、昭和六一年六月一三日成立した訴訟上の和解により他の相続人から同人らの損失補償請求権を承継した。

(二)  不法行為に基づく慰藉料請求

原告らは、被告が本件建物の損失補償金の支払を拒絶したこと等によって精神的苦痛をうけたので、その慰謝料として金一〇〇万円が相当である。

2  私法上の損失補償契約に基づく損失補償請求

右のようにいえないとしても、原告らは、被告に対し、私法上の損失補償契約に基づく損失補償請求権を有する。すなわち、

(一)(1) 前記1の(1)、(2)の事実関係のもとで、被告は、原告らに対し、昭和五四年ころ、本件建物を所有者が自ら取り壊したときには、金五五〇万円の補償金を支払う旨の損失補償契約の締結の申込をした。

(2) 原告X2は、前記被告の1の(一)の(3)の①掲記の(イ)ないし(ニ)の被告の各行為に対し、本件建物への立入り調査に応じ、提示された損失補償金額に不服を述べることなく、本件建物を除却した。

したがって、原告X2は、そのころ、右損失補償契約の締結の申込に対し黙示の承諾をしたといえる。

(3) そして、原告X1及び他の相続人は、原告X2に対し、遅くとも昭和六一年六月一三日、同人の右承諾を追認する旨の意思表示をした。

(4) そうでないとしても、原告らは、被告に対し、昭和六三年五月二七日の本件口頭弁論期日において、右申込を承諾する旨の意思表示をした。

(二) 原告X2は、昭和五五年六月二八日、本件建物を除却した。

(三) よって、原告ら及び他の相続人は、被告に対し、私法上の損失補償契約に基づき金五五〇万円の損失補償請求権を取得した。

(四) 原告X2は、昭和六一年六月一三日、他の相続人から同人らの損失補償請求権を承継した。

3  不法行為に基づく損害賠償請求

かりに、以上の請求権が認められないとしたら、原告らは、被告に対し、次のとおり、不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。

(一) 原告ら及び他の相続人は、前記のように、被告が法七七条二項の照会さえしてくれれば、法所定の損失補償金の支払を受けられる地位にあった。

(二) 被告は、原告ら及び他の相続人に対し、前記1の(一)の(3)の①記載のとおり、本件建物の移転又は除却を要請し、損失補償金の支払見込を告知した。

(三) 被告は、法七七条二項の照会を欠く右要請及び告知のみでは損失補償金を支払うことができないことを知りながら、照会もせず、その旨を原告及び他の相続人に対し告げず、原告X2をして、前記要請に応じて昭和五五年六月二八日本件建物を除却するに至らしめ、損失補償金を取得する地位を失わせた。

(四) 本件建物の取壊しによる損害は、前記のとおり合計金五五〇万円が相当である。

(五) よって、原告ら及び他の相続人は、被告に対し、その不法行為により金五五〇万円の損害賠償請求権を取得した。

(六) 原告X2は、その後、昭和六一年六月一三日、裁判上の和解により他の相続人から右損害賠償請求権を承継した。

4  不当利得返還請求

(一) 被告は、本件土地につき昭和五四年九月一〇日仮換地の指定の効力が発生して本件建物が移転又は除却されるべきことが確定したことにより、建物移転又は除却がなされたときは、本件建物について将来損失補償金を支払う義務を負った。

(二) ところが、前記のとおり、原告ら及び他の相続人は、昭和五五年六月二八日、本件建物を除却した。

(三) ところで、原告ら及び他の相続人が自ら本件建物を除却しなければ、被告の本件事業は進捗しなかったのであり、そのためには法七七条二項に基づき原告ら及び他の相続人に対し、照会をしたうえ、直接施行して前記損失補償金を支払わなければならなかったところ、被告は、これをなさずして、損失補償金の支払を免れた。

(四) しかし、原告ら及び他の相続人の右損失と被告の利得の間には法律上の因果関係がある。

(五) よって、原告ら及び他の相続人は、被告に対し、金五五〇万円の不当利得返還請求権を取得した。

(六) 原告X2は、昭和六一年六月一三日、他の相続人から右不当利得返還請求権を承継した。

5  よって、原告らは、被告に対し、前記法七八条一項又は補償契約に基づく補償金五五〇万円及び不法行為による慰藉料請求権金一〇〇万円の合計金六五〇万円、もし、補償金請求がいれられないときは、不法行為又は不当利得による損害賠償請求として金五五〇万円と、右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年五月一五日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1の(一)について

(1) 同(1)の①及び②の事実はいずれも認める。

(2) 同(2)の事実も認める。

(3) 同(3)につき

① 同①の冒頭の主張は争う。

同(イ)の事実は認める。ただし、本件建物への立入り調査の協力を求めたのは、正確な補償資料を得るためで、これは私法上の損失補償契約を締結する準備段階として予定されているものである。

同(ロ)の事実のうち、被告が原告ら主張の説明会を開催し、原告X2に対し、原告ら主張の書面を交付したことは認める。しかし、被告は、右書面において、移転協議が整うと契約を取り交わす旨説明し、建物損失補償が私法上の契約によるものであることを明確にしている。

同(ハ)の事実のうち、被告が原告X2に対し、昭和五四年六ないし七月ころ、損失補償台帳に記載した金額を示して損失補償金額の概算額を告知したことは認め、その余は否認する。右概算額を原告X2に告知したのは、前記のとおり、被告と原告ら及び他の相続人との間の交渉窓口の一本化を促すためである。

同(二)の事実のうち、被告が原告X2に対し、承諾書の提出を求めたことは認めるが、右承諾書は国からの補助金の交付を受けるための承諾書ではない。被告が訴外国から補助金の交付を受けるに際して原告らがそれを承諾する権利など存しない。そして、被告は、昭和五五年四月二五日、本件建物に対する損失補償金の補助金申請をしたが、同年六月二五日右申請を撤回している。これは、当時、原告X2が相続人間の調整を行い、窓口の一本化を図ることが当分の間不可能であると推測され、そうである限り私法上の損失補償契約を締結することができず、損失補償金を支払うことも当分の間できないと考えたからである。

② 同②の主張は争う。

(4) 同(4)の事実のうち、原告X2が昭和五五年六月二八日本件建物を除却したことは認めるが、その余は否認する。

原告X2が本件建物を除却するに至った経緯は次のとおりである。

被告は、昭和五四年九月一〇日、本件建物の敷地である原告X2の所有する別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という)につき本件事業第三街区二一画地を仮換地として指定したが、右仮換地を含む第三街区は地権者による共同ビル(名称「c共同ビル」)建設事業が実施された区域であり、本件土地所有者である原告X2も右共同ビル建設事業に参画していた。

本件建物が存した右第三街区については、前記仮換地指定後、区域内の既存建物(本件建物を除く)の移転、除却等が開始されて更地となり、昭和五五年一〇月二八日から右共同ビルの建築工事が開始された。そして、同ビルは昭和五九年九月開業したという状況の下で、被告は、本件建物の移転につき、被告のb開発部工務課補償係の担当職員によって交渉を開始しようとしたが、本件建物については相続が発生して原告ら及び他の相続人の共有になっていたため、原告X2を中心に相続関係を調整し、被告との間の交渉窓口を確定してもらうべく原告らとの間で事前折衝を行った。

ところが、原告ら及び他の相続人間での調整に時間を費やしている間に、右第三街区内の建物の移転、除却等が進行したにもかかわらず、本件建物の移転、除却等は最終段階になっても進捗せず、これが障害となって右共同ビル着工に支障を来す状況になった。

そのため、本件土地の所有者である原告X2は、昭和五五年六月二八日、自己が参画している右共同ビルの建設を促進するという自己の都合のために自ら本件建物の除却を断行したものである。

(5) 同(5)の事実は不知、同(6)は争う。同(7)の事実は不知。

(二)  同(二)は争う。

2  同2について

(一) 同(一)につき

(1)の事実は否認する。

(2)の事実のうち、原告X2が本件建物への立入り調査に応じたこと、提示した損失補償金額に不服を述べなかったこと、本件建物を除却したことは認めるが、右行為によって原告X2が右損失補償契約の締結の申込に対し黙示の承諾したとの主張は争う。

原告X2は、前記のとおり、本件建物の除却に際し、被告が相続関係の調整、損失補償契約の締結を要請したにもかかわらず、被告のb開発部工務課補償係長Gに対し、本件建物の損失補償金は不要であり、被告には一切迷惑をかけない旨述べて、被告の損失補償契約の申込を拒絶した。

(3)の事実は不知。

(4)の事実のうち、原告らがその主張する意思表示をしたことは認める。しかし、仮に申込が認められるとしても、被告の契約申込は建物の存在を前提とするものであるから、すでに本件建物の存在しなくなった時点で申込は効力を失い、原告らの右意思表示は承諾にあたらない。

(二) 同(二)の事実は認める。同(三)は争う。同(四)は不知。

3  同3について

同(一)は認める。同(二)も認める(ただし、請求原因1の(一)の(3)の①に対する認否は前記のとおりである)。同(三)のうち、原告X2が本件建物を除却したことは認めるが、その余は否認する。本件建物が除却されるに至った経緯は既に述べたとおりであり、被告には照会義務などない。同(四)は不知。同(五)は争う。同(六)は不知。

4  同4について

(一) 同(一)の事実のうち、本件土地につき昭和五四年九月一〇日仮換地の指定の効力が発生したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告にはもともと本件建物につき損失補償金を支払うべき義務は存しない。

(二) 同(二)の事実のうち、原告X2が本件建物を除却したことは認めるが、その余は否認する。

(三) 同(三)は争う。原告X2が自己都合で除却したものに過ぎない。同(四)、(五)は争う。同(六)は不知。

三  抗弁

1  請求原因1の(一)に対し・損失補償請求権の放棄

原告X2は、昭和五五年六月二八日ころ、本件建物の除却に際し、被告が相続関係の調整、損失補償契約の締結を要請したにもかかわらず、被告のb開発部工務課補償係長Gに対し、本件建物の損失補償金は不要であり、被告には一切迷惑をかけない旨述べて、損失補償請求権を放棄する旨の意思表示をした。

2  請求原因1の(一)に対し・損失補償請求権の時効消滅

原告X2が本件建物を除却した昭和五五年六月二八日から五年が経過した。したがって、法七八条二項の損失補償請求権は地方自治法二三六条の規定により時効によって消滅した。

3  請求原因3に対し・不法行為に基づく損害賠償請求権の時効消滅

(一) 原告X2が本件建物を除却した昭和五五年六月二八日から三年が経過した。

(二) 被告は、原告らに対し、本件第三回口頭弁論期日において右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。損失補償請求権は自由権であって放棄を許されないものであるから、およそ放棄というものはあり得ない。また、かりに放棄できるとしても、原告X2が本件建物を除却した当時、本件建物につき遺産分割協議は成立していなかったのであるから、本件建物を除却することによって原告X2が不利な地位に置かれる可能性があった。それにもかかわらず原告X2が本件建物を除却したのは、被告の本件事業に協力しようとしたからであって、かかる立場にある原告X2が損失補償請求権を放棄するなどとは考えられない。

2  同2の主張は争う。地方自治法は主として行政上の便宜を考慮する必要が存する場合に適用される規定であって、本件損失補償請求権には適用の余地がない。また、本件における損失補償請求権は支払額が確定していないから、そもそも時効の進行は開始していないというべきである。さらに、土地区画整理法、土地収用法には損失補償請求権の消滅時効を定めた規定は存しないのであり、これは同請求権自体の時効消滅は存しないことを意味する。しかも、損失補償請求権は適法な公権力の行使による財産上の特別の犠牲に対し公平の見地からなされる財産的補償であり、憲法二九条に根拠をおくものであるから、時効消滅はあり得ない。会計法三〇条も損失補償請求権自体の時効を定めているものではない。

3  同3の事実のうち、原告X2が本件建物を除却した昭和五五年六月二八日から三年が経過したことは認めるが、時効消滅したとの主張は争う。本件損害賠償請求権の消滅時効期間について民法七二四条は適用されないというべきである。

五  再抗弁

1  抗弁2に対し・本件損失補償請求権の停止条件

(一) 本件補償請求権には、訴外Bの相続人である原告ら及び他の相続人が協議の上、契約当事者を一本化して代表者を選定した時に行使できるという条件がついていた。

(二) 右原告ら及び他の相続人が協議の上一本化したのは、昭和六一年四月四日である。

したがって、本件補償請求権は時効消滅していない。

2  抗弁2に対し・本件損失補償請求権の時効の起算点

損失補償請求権の消滅時効は損失補償協議及び収用委員会の手続中は進行しないというべきであるから、本件損失補償請求権は時効消滅していない。

3  抗弁3に対し・不法行為に基づく損害賠償請求権の時効の起算点

原告らが損害及び加害者を知ったのは、原告ら代理人が昭和六一年四月四日被告の大宮事務所において被告担当者に対し、本件損失補償請求権を支払わない理由を問いただしたときである。

4  抗弁2、3に対し・信義則違反及び権利濫用

被告は、原告らに対し、前記1の(一)の(3)の①掲記の各行為をなして、原告らをして損失補償金が支払わるものと誤信させて本件建物を除却させたうえ、原告らが本件建物の損失補償を請求したときには原告X2が自己都合で除却したものであるからと主張して損失補償金の支払を拒絶し、さらに支払義務があると知るや時効を援用するというもので、かかる時効の援用は信義則に違反し、権利濫用である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は否認する。被告は原告X2に、相続関係を調整し、被告との交渉窓口を確定してもらえるように原告ら及び他の相続人に働きかけをしただけで、損失補償金の支払のために相続人の一本化を求めたことはない。

2  同2の主張は争う。かりにその主張が認められるとしても、損失補償協議及び収用委員会の手続は、昭和五五年六月二八日から五年経過するまで何ら行われていない。

3  同3及び4は否認ないし争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一請求原因について

一  法七八条一項に基づく損失補償請求(請求原因1の(一))について

1  本件建物と本件事業等

請求原因1の(一)の(1)の①、②の各事実及び同(2)の事実はすべて当事者間に争いがない。

2  原告X2と被告職員との交渉経過等

(一) 請求原因1の(一)の(3)の①の(イ)の事実は当事者間に争いがなく、また同(ロ)のうち、被告が原告ら主張の説明会を開催し、原告X2に対し、原告ら主張の書面を交付したこと、及び同(ハ)のうち、被告が原告X2に対し、昭和五四年六月ないし七月ころ、前記認定の損失補償台帳に記載した金額を示して移転補償金の概算額を告知していること、その後原告X2は本件建物を除却していることは当事者間に争いがない。

(二) しかしながら、そもそも法七八条一項に基づく損失の補償については、同条三項、七三条二項、三項により、まず損失を与えた者と損失を受けた者とが協議し、協議が成立しない場合、収用委員会に土地収用法九四条二項の規定による裁決を申請すべきこととされているので、裁決を経ることなしに損失補償請求権を行使することができないと解すべきである。

(三) そうすると、被告が原告ら及び他の相続人に対し、本件建物の移転又は除却について法七七条二項に基づく照会をしたといえるかどうかはしばらくおき、かりに照会をしたといえるとしても、本件の場合、協議が成立したという立証はなく、協議不成立の場合の裁決申請がなされて裁決がなされたという主張も立証もないから、原告らが損失補償請求権を有するかどうかはしばらくおき、少なくとも原告らは損失補償請求権を行使できるとはいえず、原告らの法七八条一項に基づく損失補償請求は理由がないことになる。

二  慰謝料請求(請求原因1の(二))について

原告らが法七八条一項に基づく損失補償請求権を有するかどうかはしばらくおき、少なくとも行使できないことは、前記のとおりであるから、行使できることを前提とする原告らの慰謝料請求は理由がない。

三  私法上の損失補償契約に基づく損失補償請求(請求原因2)について

1  成立に争いのない甲第一、第四、第七号証の一、第一九号証(ただし、書き込み部分を除く)、第二〇号証(ただし、下線部分を除く)、第二八、第二九号証及び乙第一号証と証人G及び同Hの各証言、原告X2本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を併せると、被告は、まず建物等の調査と当事者の申告により建物移転の補償額を算定した後、法七三条二項の規定による移転協議を行い、この移転協議の中で補償額を提示して移転を要請し、移転協議が成立したときに所有者との間に「建築物等の損失補償に関する契約」と称する私法上の損失補償契約を締結し、右契約成立後、建物の除却が完了したときに補償金を支払うという手順をとることとし、このことを前記認定の説明会で原告X2及び本件事業の施行区域内に存する他の建築物等の所有者に伝えたこと、本件建物については、訴外Bの相続人である原告ら及び他の相続人間に権利関係の調整がついていなかったため、昭和五四年一〇月ころから、被告b開発部土地改造事務所補償係長(当時)G(以下「G係長」という)が右Bの長男である原告X2に権利関係の調整と窓口の一本化につとめてくれるように依頼し、自身も相続人の一人である訴外Cらとも接触するなど努力したが、権利関係の調整と窓口の一本化がならなかったこと、しかし、原告X2に対し、原告ら及び他の相続人の窓口が一本化して前記損失補償契約の締結が可能になったときの提出用として、本件建物の損失補償金の協議、承諾等の一切の権限を委任する旨記載した委任状用紙六通、「a駅前b地区土地区画整理事業のため、国の施越承認が得られ建物等が移転対象となったときは、下記条件により移転することを承諾します。」と記載した大宮市長宛の承諾書用紙一通を交付したが、右用紙には移転補償の概算額として四五〇万円と記載されているが、「正式契約は、移転に際し移転補償額を再計算して締結する」と記載されていること、ところが、その後窓口の一本化はならず、また原告ら及び他の相続人と被告との間に正式契約はおろか協議さえなされないまま今日にいたっていることがそれぞれ認められる。

そうすると、原告ら主張の私法上の損失補償契約が成立しているとはいえない。

2  したがって、私法上の損失補償契約が成立したことを前提とする原告らの請求も理由がない。

四  不法行為に基づく損害賠償請求(請求原因3)について

1  たしかに、法七七条二項所定の照会を受けた者が、自ら建物を移転し、もしくは除却したときは、通常生ずべき損失の補償を受けることができる(法七八条一項)。

そこで、本件建物の除却(原告X2により除却されたことは前記認定のとおりである。)に至る経緯をみると、成立に争いのない甲第一一ないし一六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第二二、第二五号証、証人G及び同Hの各証言、原告X2本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を併せれば、本件事業の施行区域内には、原告X2が所有する本件土地があったので、被告は、昭和五四年九月一〇日、本件土地につき本件事業第三街区二一画地を仮換地として指定し、昭和五五年一〇月九日右仮換地の使用収益が開始されたこと、本件仮換地を含む第三街区は、原告X2を含む地権者が出資したc共同ビル株式会社が事業主体となってc共同ビルという名称の共同ビルの建設事業を実施した地区で、前記仮換地指定後、区域内の既存建物の移転、除却等が開始されたが、昭和五五年六月ころには、本件建物を含め約一〇棟の建物が残存して右共同ビル着工に支障をきたしていたこと、しかし残存建物の殆どが共同ビル建設事業に参加しない者の所有に属するか、借家人の調整が未了であったことによるもので、c共同ビル株式会社にとっては、右共同ビル参画者である原告らが所有している本件建物を処理しないことには他の残存建物の処理が困難な状況にあったこと、そこで、原告X2は、右のような状況のもとで、昭和五五年六月二八日、本件建物を除却したこと、右除却に先立ち、前記G係長のもとを訪れて、本件建物を取り壊す旨述べたが、これに対し、G係長は被告との間に損失補償契約を締結する前に本件建物を取り壊した場合には補償金を支払えない旨伝えたが、原告X2は、「補償金は不用であり、他の相続人との間で問題が生じた場合には自分が責任をとる」旨答えたことがそれぞれ認められ、原告X2の本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できない。

そうすると、原告X2は、自己の参画する共同ビル建設事業の進捗を図るという必要から右の時期に本件建物を除却したもので、このような状況下では、被告に照会の義務があったとまではいえない。

2  したがって、原告らの不法行為に基づく損害賠償請求もまた理由がない。

五  不当利得返還請求(請求原因4)について

1  本件建物が除却されたこと及び被告が本件建物に対する損失補償金の支払いをしていないことは当事者間に争いがない。

2  しかしながら、被告には原告ら及び他の相続人に対して本件建物の除却について損失補償金を支払わなければならない法律上の義務があるとはいえないから、不当利得返還請求にも理由がない。

第二結び

以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

浦和地方裁判所第五民事部

(裁判官 伊東正彦 裁判官 稲元富保 裁判長裁判官小笠原昭夫は、退官につき、署名押印することができない。裁判官 伊東正彦)

<以下省略>

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